自宅が燃えたとしても被保険者や契約者に重大な過失がある場合には火災保険から保険金が支払われません。また、隣家に延焼した場合に失火責任法によって「重大な過失」がなければ不法行為による損害賠償責任は負いません。このように保険金の支払の有無や損害賠償責任の有無に「重大な過失」がかかわってきますが、どのような場合に「重大な過失」があったと判断されるのでしょうか?
重大な過失とは
重大な過失とは、わずかな注意さえ払っていれば予見、防止できたのにそれを漫然と見過ごしたような状態です。最高裁での判決の中では「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」(最高裁判所昭和32年7月9日判決)とされています。
実際の運用においては重大な過失に相当するかは個々の案件の状況に応じて判断されます。火災においては、てんぷら油を入れた鍋をガスコンロで加熱したまま長時間その場を離れて火災に至った事例や寝たばこの危険性を認識しながらそれを続けて火災に至った事例などで重大な過失が認定されています。
過去の裁判例
過去にどのような事例で重大な過失が認定されたのか、あるいはされなかったのか裁判例を紹介します。
重大な過失の肯定例
- 石油ストーブの火をつけたまま、かつ、カートリッジタンクのふたの閉まり具合を確認しないまま、石油ストーブに給油したことでこぼれた石油に石油ストーブの火が引火して火災が発生した事例(東京高裁平成15年8月27日判決)
- 点火中の石油ストーブから75cm離れた場所に蓋がしていないガソリンの入ったビンを置き、ビンが倒れて火災となった事例(東京地裁平成4年2月17日判決)
- 寝たばこの火災の危険性を十分認識しながらほとんど頓着せず、何ら対応策を講じないまま漫然と喫煙を続けて火災となった事例(東京地裁平成2年10月29日判決)
- 周囲に建物が建ち、多量のかんな屑が集積放置されている裏庭において、火災注意報等が発令されているような状況下で焚火をしたところ、火の粉がかんな屑に着火して火災になった事例(京都地裁昭和58年1月28日判決)
- 主婦が台所のガスこんろにてんぷら油の入った鍋をかけ、中火程度にして、台所を離れたため、過熱されたてんぷら油に引火し、火災が発生した事例(東京地裁昭和57年3月29日判決)
- 電気こんろを点火したまま就寝したところ、ベッドからずり落ちた毛布が電気こんろにたれさがり、毛布に引火し火災になった事例(札幌地裁昭和53年8月22日判決)
どれもそのままでは火災が起こることが容易に分かると思います。それなのに火災を防ぐための注意を払わなかったことで火災に至り、重大な過失を認められています。
重大な過失の否定例
- 自宅の庭で燃やしたゴミの火が枯れた芝生に燃え移り、近隣の建物を延焼させた事案で、芝生への延焼は通常人として相当の注意を払いつつ、消火作業に努め、相当な時間現場にとどまって消火を確認したものの、約1時間以上を経過したのちに再燃した事例(さいたま地裁平成16年12月20日判決)
- 電気器具の器具付きコードのプラグと室内の壁面に設置された電気配線のコンセントの接続部分(コネクター)にほこりや湿気がたまることによって生ずるトラッキング現象が出火原因とみられる火災につき、建物の使用者の重過失が否定された事例(東京高裁平成11年4月14日判決)
※火災発生当時(平成4年8月)はトラッキング現象が必ずしも一般的によく知られた事象であったとはいえないとされたことによる - 締め切って風の通らない室内でストーブの側面から14cm離れたカーテンを隔てて引火性の弱い灯油に引火した事例(東京地裁平成7年8月28日判決)
- 仏壇の蝋燭が倒れて失火した場合に蝋燭の点火者及びその家族に重過失がなかったとされた事例(東京地裁平成7年5月17日判決)
- 暖炉の火およびガスストーブの火をつけたままにして外出し、建物が全焼した事案に対し、暖炉の薪がほとんど燃え尽きていたこと、火元近くに引火しやすいものが置いてあったとも認められないことから、不注意とはいえ特に危険が大きいとまではいえず重大な過失と認めることはできないとした事例(東京高裁平成4年12月25日判決)
- ベッドから36センチ離れたところにあるガスストーブに点火して、ベッドで寝そべって週刊誌を読んでいるうちに、そのまま寝入ってしまったところ、ベッドから落ちた布団にガスストーブの火が燃え移って家屋を全焼させた事例(新潟地裁昭和53年5月22日判決)
過失はあるものの、「ほとんど故意に近い著しい注意欠如」が認められない事例については重大な過失があるとは判定されていません。なお、寝ている間に布団が落ちてその布団に引火した事例では似たような状況でも重大な過失が認められているもの(札幌地裁昭和53年8月22日判決)と認められていないもの(新潟地裁昭和53年5月22日判決)とに分かれています。個別の案件の状況に応じて判断されるので、一概に「この状況では重大な過失」ということはできないのです。
まとめ
わずかな注意さえ払っていれば予見、防止できたのにそれを漫然と見過ごしたような場合では重大な過失と判断されることがあります。重大な過失がある場合、火災保険の保険金は支払われません。また、延焼などで他人に損害を与えてしまった場合に、失火責任法により不法行為による損害賠償責任を免れることもできません。重大な過失にあたるか否かは個別の状況に応じて判断されますが、火災を起こさないように十分注意を払うことが大切だということは変わらないでしょう。
著者情報
堀田 健太
東京大学経済学部金融学科を卒業後、2015年にSBIホールディングス株式会社に入社、インズウェブ事業部に配属。以後、一貫して保険に関する業務にかかわる。年間で100本近くの保険に関するコンテンツを制作中。